いまし」
吹来《ふききた》り、吹去る風は大浪《おほなみ》の寄せては返す如く絶間無く轟《とどろ》きて、その劇《はげし》きは柱などをひちひちと鳴揺《なりゆる》がし、物打倒す犇《ひしめ》き、引断《ひきちぎ》る音、圧折《へしお》る響は此処彼処《ここかしこ》に聞えて、唯居るさへに胆《きも》は冷《ひや》されぬ。長火鉢には怠らず炭を加へ加へ、鉄瓶《てつびん》の湯気は雲を噴《は》くこと頻《しきり》なれど、更に背面を圧する寒《さむさ》は鉄板《てつぱん》などや負はさるるかと、飲めども多く酔《ゑ》ひ成さざるに、直行は後を牽《ひ》きて已《や》まず、お峯も心祝《こころいはひ》の数を過して、その地顔の赭《あか》きをば仮漆布《ニスし》きたるやうに照り耀《かがやか》して陶然たり。
狂女は果して来《こ》ざりけり。歓《よろこ》び酔《ゑ》へるお峯も唯|酔《ゑ》へる夫も、褒美|貰《もら》ひし婢も、十時近き比《ころほひ》には皆|寐鎮《ねしづま》りぬ。
風は猶《なほ》も邪《よこしま》に吹募りて、高き梢《こずゑ》は箒《ははき》の掃くが如く撓《たわ》められ、疎《まばら》に散れる星の数は終《つひ》に吹下《ふきおろ》されぬべく、層々|凝《こ》れる寒《さむさ》は殆《ほとん》ど有らん限の生気を吸尽して、さらぬだに陰森たる夜色は益《ますま》す冥《くら》く、益す凄《すさまじ》からんとす。忽《たちま》ちこの黒暗々を劈《つんざ》きて、鰐淵が裏木戸の辺《あたり》に一道《いちどう》の光は揚りぬ。低く発《おこ》りて物に遮《さへぎ》られたれば、何の火とも弁《わきま》へ難くて、その迸発《ほとばしり》の朱《あか》く烟《けむ》れる中に、母家《もや》と土蔵との影は朧《おぼろ》に顕《あらは》るるともなく奪はれて、瞬《またた》くばかりに消失せしは、風の強きに吹敷れたるなり。やや有りて、同じほどの火影の又|映《うつろ》ふと見れば、早くも薄れ行きて、こたびは燃えも揚らず、消えも遣らで、少時《しばし》明《あかり》を保ちたりしが、風の僅《わづか》の絶間を偸《ぬす》みて、閃々《ひらひら》と納屋《なや》の板戸を伝ひ、始めて騰《のぼ》れる焔《ほのほ》は炳然《へいぜん》として四辺《あたり》を照せり。塀際《へいぎは》に添ひて人の形《かたち》動くと見えしが、なほ暗くて了然《さだか》ならず。
数息《すそく》の間にして火の手は縦横に蔓《はびこ》りつつ、納屋の内に乱
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