にあらず、お峯は常に夫の共に謀《はか》ると謂ふこと無くて、女童《をんなわらべ》と侮《あなど》れるやうに取合はぬ風あるを、口惜《くちをし》くも可恨《うらめし》くも、又或時は心細さの便無《たよりな》き余に、神を信ずる念は出でて、夫の頼むに足らざるところをば神明《しんめい》の冥護《みようご》に拠《よ》らんと、八百万《やほよろづ》の神といふ神は差別無《しやべつな》く敬神せるが中にも、ここに数年|前《ぜん》より新に神道の一派を開きて、天尊教と称ふるあり。神体と崇《あが》めたるは、その光紫の一大|明星《みようじよう》にて、御名《おんな》を大御明尊《おおみあかりのみこと》と申す。天地渾沌《てんちこんとん》として日月《じつげつ》も未《いま》だ成らざりし先|高天原《たかまがはら》に出現ましませしに因《よ》りて、天上天下万物の司《つかさ》と仰ぎ、諸《もろもろ》の足らざるを補ひ、総《すべ》て欠けたるを完《まつた》うせしめんの大御誓《おほみちかひ》をもて国土百姓を寧《やすらけ》く恵ませ給ふとなり。彼は夙《つと》に起信して、この尊をば一身|一家《いつけ》の守護神《まもりがみ》と敬ひ奉り、事と有れば祈念を凝《こら》して偏《ひとへ》に頼み聞ゆるにぞありける。
 この夜は別して身を浄《きよ》め、御燈《みあかし》の数を献《ささ》げて、災難即滅、怨敵退散《おんてきたいさん》の祈願を籠《こ》めたりしが、翌日《あくるひ》の点燈頃《ひともしごろ》ともなれば、又来にけり。夫は出でて未《いま》だ帰らざれば、今日|若《も》し罵《ののし》り噪《さわ》ぎて、内に躍入《をどりい》ることもやあらば如何《いかに》せんと、前後の別《わかれ》知らぬばかりに動顛《どうてん》して、取次には婢を出《いだ》し遣《や》り、躬《みづから》は神棚《かみだな》の前に駈着《かけつ》け、顫声《ふるひごゑ》を打揚《うちあ》げ、丹精を抽《ぬきん》でて祝詞《のりと》を宣《の》りゐたり。狂女は不在と聞きて敢《あへ》て争はず、昨日《きのふ》の如く、ここにて帰来《かへり》を待たんとて、同《おなじ》き処に同き形して蹲《うづくま》れり。婢は格子を鎖《さ》し固めて内に入《い》りけるが、暫《しばら》くは音も為ざりしに、遽《にはか》に物語る如き、或《あるひ》は罵《ののし》る如き声の頻《しきり》に聞ゆるより主《あるじ》の知らで帰来《かへりき》て、捉《とら》へられたるには
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