》り辿りて、鰐淵が住へる横町に入《い》りぬ。銃槍《じゆうそう》の忍返《しのびがへし》を打ちたる石塀《いしべい》を溢《あふ》れて一本《ひともと》の梅の咲誇れるを、斜《ななめ》に軒ラムプの照せるがその門《かど》なり。
彼は殆《ほとん》ど我家に帰り来《きた》れると見ゆる態度にて、※[#「※」は「にんべん+從」、261−2]々《つかつか》と寄りて戸を啓《あ》けんとしたれど、啓かざりければ、かの雍《しとやか》に緩《ゆる》しと謂ふ声して、
「頼みます、はい、頼みます」
風は※[#「※」は「風+(「森」のように「火」が3つ)」、261−5]々《ひようひよう》と鳴りて過ぎぬ。この声を聞きしお峯は竦《すく》みて立たず。
「貴方、来ましたよ」
「うん、あれか」
実《げ》に直行も気味好からぬ声とは思へり。小鍋立《こなべだて》せる火鉢《ひばち》の角《かど》に猪口《ちよく》を措《お》き、燈《あかし》を持《も》て来よと婢《をんな》に命じて、玄関に出でけるが、先《ま》づ戸の内より、
「はい何方《どなた》ですな」
「旦那《だんな》はお宅でございませうか」
「居りますが、何方《どなた》で」
答はあらで、呟《つぶや》くか、※[#「※」は「口+耳」、261−13]《ささや》くか、小声ながら頻《しきり》に物言ふが聞ゆるのみ。
「何方《どなた》ですか、お名前は何と有仰《おつしや》るな」
「お目に掛れば解ります。何に致せ、おおお、まあ、梅が好く咲きましたぢやございませんか。当日の挿花《はな》はやつぱりこの梅が宜《よろし》からうと存じます。さあ、どうぞ此方《こちら》へお入り下さいまし、御遠慮無しに、さあ」
啓《あ》けんとせしに啓かざれば、彼は戸を打叩《うちたた》きて劇《はげし》く案内《あない》す。さては狂人なるよと直行も迷惑したれど、このままにては逐《お》ふとも立去るまじきに、一度《ひとたび》は会うてとにもかくにも為《せ》んと、心ならずも戸を開けば、聞きしに差《たが》はぬ老女《ろうによ》は入来《いりきた》れり。
「鰐淵は私《わし》じやが、何ぞ用かな」
「おお、おまへが鰐淵か!」
つと乗出《のりいだ》してその面《おもて》に瞳《ひとみ》を据ゑられたる直行は、鬼気に襲はれて忽《たちま》ち寒く戦《をのの》けるなり。熟《つくづ》くと見入る眼《まなこ》を放つと共に、老女は皺手《しわで》に顔を掩《おほ》ひて潜々《
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