の数々を※[#「※」は「口+耳」、222−10]《ささや》きて止まざれど、宮が耳には人の声は聞えずして、雪の音のみぞいと能《よ》く響きたる。
その雪は明方になりて歇《や》みぬ。乾坤《けんこん》の白きに漂ひて華麗《はなやか》に差出でたる日影は、漲《みなぎ》るばかりに暖き光を鋪《し》きて終日《ひねもす》輝きければ、七分の雪はその日に解けて、はや翌日は往来《ゆきき》の妨碍《さまたげ》もあらず、処々《ところどころ》の泥濘《ぬかるみ》は打続く快晴の天《そら》に曝《さら》されて、刻々に乾《かわ》き行くなり。
この雪の為に外出《そとで》を封ぜられし人は、この日和《ひより》とこの道とを見て、皆|怺《こら》へかねて昨日《きのふ》より出でしも多かるべし。まして今日となりては、手置の宜《よろし》からぬ横町、不性なる裏通、屋敷町の小路などの氷れる雪の九十九折《つづらをり》、或《ある》は捏返《こねかへ》せし汁粉《しるこ》の海の、差掛りて難儀を極《きは》むるとは知らず、見渡す町通《まちとほり》の乾々干《からからほし》に固《かたま》れるに唆《そその》かされて、控へたりし人の出でざるはあらざらんやうに、往来《ゆきき》の常より頻《しきり》なる午前十一時といふ頃、屈《かが》み勝に疲れたる車夫は、泥の粉衣《ころも》掛けたる車輪を可悩《なやま》しげに転《まろば》して、黒綾《くろあや》の吾妻《あづま》コオト着て、鉄色縮緬《てついろちりめん》の頭巾《づきん》を領《えり》に巻きたる五十路《いそぢ》に近き賤《いやし》からぬ婦人を載せたるが、南の方《かた》より芝飯倉通《しばいいぐらとおり》に来かかりぬ。
唯有《とあ》る横町を西に切れて、某《なにがし》の神社の石の玉垣《たまがき》に沿ひて、だらだらと上《のぼ》る道狭く、繁《しげ》き木立に南を塞《ふさ》がれて、残れる雪の夥多《おびただし》きが泥交《どろまじり》に踏散されたるを、件《くだん》の車は曳々《えいえい》と挽上《ひきあ》げて、取着《とつき》に土塀《どべい》を由々《ゆゆ》しく構へて、門《かど》には電燈を掲げたる方《かた》にぞ入《い》りける。
こは富山唯継が住居《すまひ》にて、その女客は宮が母なり。主《あるじ》は疾《とく》に会社に出勤せし後にて、例刻に来《きた》れる髪結の今方|帰行《かへりゆ》きて、まだその跡も掃かぬ程なり。紋羽二重《もんはぶたへ》の肉色鹿子《
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