淡で可かんと謂ふんさ。ぢや、酒の入らんのを飲むと可い。寄鍋は未《まだ》か。うむ、彼方《あつち》に支度がしてあるから、来たら言ひに来る? それは善い、西洋室の寄鍋なんかは風流でない、あれは長火鉢《ながひばち》の相対《さしむかひ》に限るんさ。
可いかね、福積の招待《しようだい》には吃驚《びつくり》させるほど美《うつくし》くして出て貰はなけりやならん。それで、着物だ、何か欲ければ早速|拵《こしら》へやう。おまへが、これならば十分と思ふ服装《なり》で、隆《りゆう》として推出すんだね。さうしてお前この頃は余り服装《なり》にかまはんぢやないか、可かんよ。いつでもこの小紋の羽織の寐恍《ねぼ》けたのばかりは恐れるね。何為《なぜ》あの被風《ひふ》を着ないのかね、あれは好く似合ふにな。
明後日《あさつて》は日曜だ、何処《どこ》かへ行かうよ。その着物を見に三井へでも行かうか。いや、さうさう、柏原《かしわばら》の奥さんが、お前の写真を是非欲いと言つて、会ふ度《たび》に聒《やかまし》く催促するんで克《かな》はんよ。明日《あした》は用が有つて行かなければならんのだから、持つて行かんと拙《まづ》いて。未だ有つたね、無い? そりや可かん。一枚も無いんか、そりや可かん。それぢや、明後日《あさつて》写しに行かう。直《ずつ》と若返つて二人で写すなんぞも可いぢやないか。
善し、寄鍋が来た? さあ行かう」
夫に引添ひて宮はこの室を出でんとして、思ふところありげに姑《しばら》く窓の外面《そとも》を窺《うかが》ひたりしが、
「どうしてこんなに降るのでせう」
「何を下《くだ》らんことを言ふんだ。さあ、行かう行かう」
第 三 章
宮は既に富むと裕《ゆたか》なるとに※[#「※」は「厭/食」、221−5]《あ》きぬ。抑《そもそ》も彼がこの家に嫁《とつ》ぎしは、惑深《まどひふか》き娘気の一図に、栄耀《えいよう》栄華の欲するままなる身分を願ふを旨とするなりければ、始より夫の愛情の如きは、有るも善し、有らざるも更に善しと、殆《ほとん》ど無用の物のやうに軽《かろし》めたりき。今やその願足りて、しかも遂《つひ》に※[#「※」は「厭/食」、読みは「あ」、221−7]きたる彼は弥《いよい》よ※[#「※」は「夕/寅」、221−8]《まつは》らるる愛情の煩《わづらはし》きに堪《た》へずして、寧《むし》ろ影を追ふよ
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