持ってこなかったのです。」
彼も笑いながら自分の両眼を指さして答えた。
「それ、ここに籠がありますよ。この中へ月光と日光とを入れておくのです。」
実際彼のいう通り、それらの光りは彼の眼のうちで輝いていた。しかし古い貴族出の彼は良い妻や子とともに、物質上にはなに不自由なく暮らしていたが、どうしてもその月光や日光を大理石の上に再現させることが出来ないので、自分の刻んだ作品に絶望を感じながら、怏々《おうおう》として楽しまざる日を送っていた。
ラザルスの噂がこの彫刻家の耳にはいった時、彼は妻や友達と相談した上で、死から奇蹟的によみがえった彼に逢うためにユダヤへの長い旅についた。アウレリウスは近頃どことなく疲れ切っているので、この旅行が自分の鈍《にぶ》りかかった神経を鋭くしてくれれば好いがと思ったくらいであったから、ラザルスに付いてのどんな噂にも、彼は驚かなかった。元来、彼自身も死ということについては度々熟考し、あながちそれを好む者ではなかったが、さりとて生を愛着するの余りに、人の物笑いになるような死にざまをする人たちを侮蔑していた。
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この世に於いて、人生は美し。
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