には聞えなかった。すると火夫は、いきなり列車の下に屈み込んで、両手を差伸ばしたかと思うと、ずるずると大きな物を引張り出した。……白足袋をはいた小さな足、それから、真白な二本の脛、真白な腿、それから、黒っぽい着物のよれよれに纏いついた臀部、……それから、腰部でぶつりと切れていた、四五寸[#「切れていた、四五寸」は底本では「切れていた。四五寸」]ばかりにゅっとつき出た背骨を中心に、真赤な腰巻が渦のように捩られて、どす黒い血に染んでいた。火夫はそれを無雑作に線路の横の草地に放り出した。捩切られた腰部の切口を、背骨に絡みついてる真赤な腰巻と血肉との切口を、こちらに向けて、真白な完全な円っこい両足が、腿から下は露出したまま、だらりと草地の上に横たわった。
 腰から上がないだけに、真白なだけに、完全なだけに、一層不気味な両足だった。
 私は窓から身を引いた。向う側の窓から、海軍士官が外を見ていた。私はふらふらと、殆んど何の気もなく、歩いて行ってその窓から覗き出した。十二三間ばかり後の方に、真黒な物が転がっていた。髪を乱した女の頭だった。南瓜のようにごろりと投り出されていた。他には何にも見えなかった
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