。
私はまた自分の窓に戻って来た。見ると、車掌と火夫とは機関車の方へ戻って行って、車室へ上ってしまった。汽笛が一つ鳴った。汽車は進行しだした。腰から下の死体は、線路の傍に放り出されたままだった。眼を外らすと、向うの小川の堤に、六七人の農夫が佇んで、こちらを眺めていた。雨は止んでいた。かすかな風が稲田の面を吹いていた。
私は窓をしめて席についた。皆黙っていた。向うの年若な母親が子供を膝の上に抱き上げて、そのうえからおっ被さるようにして屈み込んでいた。私の頭にはしつこく、真白な二本の足と髪を被った頭とが、ついて廻った。頭と腰との間の胴体はどうなったろう、などと考え初めた。
「サンドウィッチは止した。」とU君が突然云った――私達は二つ三つ後の停車場でサンドウィッチを食うことにしていた――「あの傷口を見てサンドウィッチを思い出した。」
私達は苦笑した。死体の印象と食慾とは反比例するものだった。否、それ所ではなかった。もっと強いものが、頭でも傷口でもなく、真面目な完全な二本の足が、人間の肉体そのものを不気味に感ぜしめた。
間もなく次の停車場へ着いた。車掌が駅長に何か云ってるのが見えた。駅
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