い杳かな想念、窓の外を飛び過ぎる切れ切れの景色、身体に伝わる響きと動揺、而も安らかな静寂……ぽつりぽつりと小さな雨脚が、窓硝子に長く跡を引いていた。
汽笛が鳴ったようだった――それも空耳だったかも知れない。凡てが妙に落付き払っていた。変だなと頭の遠い奥で考えていると、汽車は速力をゆるめていた。やがてごとりと一つ反動をなして止まった。
乗客等はふと我に返ったように互に顔を見合した。停車場でも何でもない野の中である。そういう風に途中で汽車が止まることは、時々あるのだったが、然し何となく不安げな感じが、車室の中に伝わってきた。
「土木請負師」達が、窓から首をつき出して覗いた。私も窓を明けて外を覗いた。一二粒の雨に冷りと頬を打たれた。見ると、次の三等車の窓には乗客の顔がずらりと並んでいた。でもまだ何のことだか分らなかった。
そのうちに、機関車に近い所から、車掌と火夫とが二人下りて来た。列車の下を覗き込みながら、だんだん私達の方へやって来た。「轢死人」という無音の声が何処からとなく皆の耳に伝わってきた。
車掌と火夫とは、私が覗き出してる窓のすぐ下で立ち止まった。二人で何か囁き交した――私
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