は仕方がない。だから隅に乗ってるのは危険だよ。殊に前方の隅は危険だよ。」
U君の説によれば、前方の隅に腰掛けてると、汽車が急に止った場合には、物理でいう慣性の法則に随って、前方へ身体が激しくのめるので、腰板なんかに頭をひどくぶっつけるそうである。で、臆病な……というより寧ろ臆病癖のあるU君は、決して前方の隅へ腰を下さないのであった。所が私は隅が一番好きであった。それで始発駅から乗った私達は、車室の後方に腰を下し、私は隅にU君は私の横に坐っていた。
車室は込んでいなかった。私達と反対の側には、四五人の海軍士官が居た。その向うの方に、子供をつれた若い夫婦が居た。私達の側の向うに、土木請負師か御用商人かと思われる、三人の男が居た。
汽車は始発駅から四哩足らずを走ったばかりの所であったが、晩夏の曇り日の午後のこととて、皆黙り込んでうとうとしているらしかった。私達も口を噤んでしまった。汽車に向って突進していった男のこと、衝突や脱線の場合のこと、物理でいう慣性の法則のこと、そんなものが意識の奥にぼんやり霞んでゆき、車輪の響きと車体の動揺とに軽く揺られて、遠い夢心地を拵えていった。取り留めもな
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