頬の筋肉がぶるぶると震えた。我知らず掌でその頬をなでてみたら滑らかに冷りとした。私は覚えず其処に飛び上った。
その時彼の処から私の処へすーっと帰って来たものがある。彼奴が何かを盗んで居たのだ。
畜生! と私は口の中で呟いてやった。
油断してはいけない! こういう思いがその時から私の心のうちに萠した。
――私の心に映り、私の意識に入って来るものは、皆深い眼に見えない世界の象徴なんだ。やがて私の心はその世界を抱擁し、温い息吹で暖めてやるのだ。そして其処に深い生命が創造される。私の心はかく現実を孕んでそれを生命の世界へ産み落すのである。私はその世界の母なんだ。私は其処にある凡てを力強く愛する。何物もこの甦死を待たなければ何等の価値をも有しないのだ。誰も私に対して彼等自身の存在を持たないのだ。みな私が彼等に魂を与えてやるのだ。
只かの男ばかりはどうも私の世界に入って来ない。私が自分の世界の中心に瞑想している時、彼が突然やって来る。すると私の世界がざわざわと騒ぐ。彼は丁度黒い影のようにやって来るのだ。私の知らない存在を彼は持っている。それを彼の眼が語っている。
彼はその凸出した額の
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