下に深く凹んだ眼を持っている。その眼には妙に青い冷たい光りがある。彼はその眼でじっと一つ一つ物を見据える。その時彼の眼と見られた物との間には、一種の無形の強い連鎖が生ずる。そして何物かが彼の方へ流れ込む。私の力ではそれを止めることは出来ない。そして今にも彼はじっと私の方へその眼を向けようとしている。もし彼があの眼で私の魂をじっと見つめるとしたら……。私は決して油断してはいけないんだ。
 それから私は一週間毎日カフェーに通って、彼が火曜と金曜とにしか来ないことを発見した。それは彼の正体をつきとめるのに非常の便利を与えることだと私は思った。
 一体私は火曜と金曜とが一番嫌いな日なんだ。私の美しい従妹も火曜に病にかかって、二週間後の金曜の夕方死んでしまった。火曜と金曜と彼奴とが私の心の中にくるくると廻転して妙な謎を拵える。それが今私をそそのかしているんだ。然し私はその謎にうち勝ってみせなければいけないんだ。私は彼奴をもっとよく見なければならないんだ。そして力を養うために、火曜と金曜との外はそのカフェーに寄ってはいけない。私は彼に戦を宣するのだ。何物かが後ろから私をぐんぐん押している。

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