めてつき立ててやる。すっと刄が通る――何処までも深く通ってゆく。そして私は真逆様に深く深く落ちてゆく……。
 ……遠い処から誰かが私を呼んでいる。仄白い明るみが見える。私はその方へ歩いて行く。とふっと私は何かに出逢った。そして私は顔を上げた。
 私は卓子の上にうつ俯していたのだ。私の側に彼の男が腰掛けている。そして私が顔を上げたのを見て、そっと私の手を握った。
 私は思わずぼろぼろと涙を落した。嬉しかったのだ。私も彼の手をじっと握り返してやった。そしたら又涙が落ちた。嬉しかったのだ。
 私は深い処に居た。凡てが生きて動いている。青い明るみが立ち罩めた中に、多くの温い魂が一つの大きい生命のうちに融けて流れる。私達二人が其処に居るんだ。私の心がその大きい生命の流れに融けてゆく。祈るようなそして息づまるような憂が……。私の眼から熱い涙が落ちてくる。
 其時私の前に葡萄酒の瓶と二つのグラスとが置かれていた。彼が私のためにグラスを充してくれた。
 私は一息にその赤い葡萄酒をのみ干した。彼も一息にのんだ。それから私達は黙って幾度も続けて飲んだ。
 その時だ。彼が突然高く笑い出した。その笑が私の頭の
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