中に反響した。そして私の喉から独りで笑いが飛び出してきた。私達は自分を忘れて声を揃え痙攣的の哄笑を続けた。
 笑が静った時、私はそのままじっとして居れなかった。凡てのものが眼に見えない力で私をぐんぐん運んで行くんだ。
「さあ行こう!」と私は云った。
「行こう!」と彼が答えた。
 凡てのことがはっきりと私達には分っていた。彼が勘定をした。そして私達は外に出た。
 私の心に朗かなものが吹き込まれた。空を仰ぐと星が一杯輝いて、私の温い胸の中に飛び込んでくる。空をそして地をじっと心ゆく限り抱きしめたい。みんな私の所有《もの》なんだ。そしてみんな私の涙が流るるような愛の抱擁を待っているんだ。私は其処に身を躍らして飛び上った。
 その時彼が淋しい眼でじっと私を見た。私は危く彼を両腕のうちに抱擁しようとした。そしてはっと自分の懐に懐剣を感じた。
 私はその瞬間ある神秘な喜悦を感じたのだ。それでいきなり彼の手を取った。そして着物の上から懐剣の鞘を彼の手に握らしてやった。
 彼ははっと身を引いた。そして鋭く私の眼の中を見つめた。何だか一言大きい声を彼は立てた。そしてそのまま一散に駈け出した。
 私は惘然
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