っとした静けさだ。そして私の意識が凡てのものの上にしみ渡ってゆく。其処には光りも影もなくて唯深い明るみがあるんだ。その明るみが力一杯に緊張している。何物をも許さないんだ。大きく眼を見張ったままじりじりと凡てが迫ってゆく。私の意力がその中にこもっているんだ。私は両手で緊《しか》と懐剣を握りしめ、息を凝らしてぶるぶると全身の筋肉を震わした。

 ――私は彼奴を微塵にうち砕いてやろう。
 何という力強い緊張だろう! このままじっとしていることは許されないんだ。何かが破れそうだ、裂けそうだ。真直に、そうだ真直に私は彼奴に向って突進するばかりなんだ。私の前に彼奴が立ち塞っている。私の魂が息をつけないで悶えている。唯この力でぐっと彼奴にぶつかってやるばかりなんだ。

 ――私は金曜を待った。唯じっと待っていた。
 その頃昼間、私の生命は益々稀薄になってしまった。夢の中から無理に引きちぎって来られたようなぽかんとした空虚と気味の悪い悪寒とが私のうちに満ちていた。そして私はただ炬燵の中に身体を横えて居た。私の生命は凡て夜の方へ流れ込んでしまったのだ。
 夜私は強く両手を握りしめていた。そしてじっと眼を
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