ってやった。そしてそのまま駈け出した。
私の中で脈搏が急に止ってしまった。そして頭が重い石のように固ってしまった。
私は家に帰って自分の室に在る小さい懐剣を懐に隠した。そしてすぐに飛び出した。その時茶の間に立っている母の姿が私の眼にちらと映った。
私は自分で知らないまに直にカフェーの中に突進した。そして円い卓子の自分の席に倒れるように身を投げた。
凡てのものががらんとしている。そして堅い石のような私の頭が次第にゆるんでくる。後頭部に眩暈するような重い痛みがある。骨格のふしぶしが弛んで、ぐたりとくずれそうな気がする。
その時女中が向うの隅に立ったまま私を見ていた。私はおい! と叫んだ。そして熱くして珈琲を一つくれと云った。
然し何だか自分をとり落したような気がしていた。そしておかしな空虚が胸の中に蟠っていた。その時私は何気なく左手を懐に入れたら、堅いものが触った。
私の全身にぎくっという音がした。はっとして私に強い意識が返って来た。一瞬間彼の眼付が前に浮んだ。そして消えた。私は強く懐剣を懐のうちで握りしめた。凡てのことがはっきりと私に分ったのだ。
何の音も声もしない。唯じ
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