ー》が次第に濃くかぶさって来た。私はその時非常に荒廃した孤独の感慨に打たれた。
 何処からかひそひそと私に囁く声がした。その声が室の中一杯に大きく拡がってゆこうとしている。私はたまらなくなって其処を飛び出した。

 ――妙な日が続いた。私の頭から何処かへ飛び去ったものがある。そしてその後へ別なものが入って来た。それは私の知らないものなんだ。それが私を強い力で囚えてしまった。私は屹度火曜と金曜との晩にカフェーに行った。彼も屹度来た。そして私達は何時も同じものを食い、そして飲んだ。
 其処には紅茶と珈琲とココアとチョコレート、それから葡萄酒とウィスキーとベルモットとチェリー酒、それに菓子と菓物とがあるばかりだった。変化がこれだけに止ることは実にたまらないことだった。私は制限のない豊富な材料の種々を思い浮べながら、どうすることも出来なかった。
 何故? という問題は最早其処には残されていなかった。私達はそれほど自己の魂に忠実で、そして私達の魂はそれほど強く結び付いていたのだ。私達が同じものを択ぶことは只必然にそうなるんだ。そして私と彼と只じっと必然のうちに相対している。どうにも私には出来ない
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