とだ。それでわしは今まで、お前が一生懸命になってるのを黙って見ていた。けれどよく考えると、わしはやはりお前の終わりが気にかかる。しかし今更《いまさら》もう仕方《しかた》はない。ただ何事も控え目にやるがよい。自分の力以上のことをしてはいけない。くれぐれも高慢《こうまん》な心を起こさないようにね、ケメトスや」
ケメトスはお祖父さんの首に抱きつきました。お祖父さんは黙って涙を流しました。ケメトスはその涙を拭《ふ》いてやって、それから、きっと名前を揚《あ》げると誓って、勇んで都へ上《のぼ》りました。
国王はケメトスがまだ十五六歳の若者であるのを見て、案外《あんがい》な気がされました。しかしその技をためしてみられると、初めて舌を捲《ま》いて驚かれました。十|尺《しゃく》二十尺ほどもいきなり飛び上がるばかりでなく、飛び下りる方になると、七八十尺の高い所からでも平気で飛んで、すっくとつっ立ってるのです。
それは色々の運動が大変盛んな時でした。でケメトスは、飛び方の長《おさ》として王様から抱《かか》えられ、宮殿のうちの立派な部屋に住むこととなりました。
ケメトスの評判が諸方《しょほう》に響き渡ると、彼と技をくらべようという者がたくさん出て来ました。しかし誰も彼に及ぶ者はありませんでした。飛び上がる方ももちろんかないませんでしたが、飛び下りる方になると、大抵《たいてい》の者は足を挫《くじ》いたり腰《こし》の骨を折ったりして、逃げ戻りました。
ケメトスはますますその技を磨《みが》くと共に、夜の空の流れ星を眺めては、お祖父さんの言葉を思い出して、一生一代の晴業《はれわざ》をして名を上げたいと考えました。
ある時王様は諸国の王を招かれて、盛んな宴を催されました。そして御自慢のケメトスを召されて、技を見せてくれと頼まれました。諸国の王様達も、かねがねケメトスの評判を聞いていられますので、一緒に所望されました。
「いよいよ時期が来た」とケメトスは考えました。
宮殿の横に、高さ三百|尺《しゃく》の塔が立っていました。大きな河の流れや森を見下ろして、空高くそびえた、実に見事な塔でした。ケメトスはその塔の頂《いただき》から、夜、炬火《たいまつ》を手に持って、飛び下りると言い出しました。
王様はじめ人々はびっくりしました。いくらケメトスが身軽《みがる》だからといって、三百尺の上から飛び下りられるわけはありません。そんなことをしたら体が粉みじんになると言って、人々は口をそろえて止めました。しかしケメトスは無理に言い張りました。彼の言うままに任せるの外はありませんでした。
三
その晩になると、大変な騒ぎとなりました。国王はじめ諸国の王様達は、塔の近くの河原《かわら》に席を設けられ、その他の者はあたりを取り巻き、都の人々や近在の人達まで出て来て、塔が見える限りの土地は見物人で埋まりました。ケメトスが飛び下りる塔の下の場所には、もうせんが敷きつめられ、まわりにはかがりびが焚《た》かれました。
ケメトスは塔の頂に上って、空の星に向かって長い間祈りを捧げました。お祖父《じい》さんから聞かされたことが、自分の運命が、今はっきりとわかる気がしました。やがて彼は右手に炬火を持って、塔の頂に現われました。それを見て四方から、雷《らい》のような喝采《かっさい》のどよめきが起こりました。塔の上から眺《なが》めると、一面に茫《ぼう》とした星明りでした。大河《たいが》の流れがえんえんと続いており、所々に森がこんもりと茂り、宮殿からずっと都の町が屋根並《やねなみ》を揃《そろ》え、その間々は、見渡す限り見物人で埋まっていました。
ケメトスは、空の星に向かって最後にも一度心で祈り、それから、右手の炬火《たいまつ》を三度輪に振って、飛び下りる合図をしました。どっと歓呼《かんこ》の声が響いて、あとはしいんと静まり返りました。ケメトスは右手に高く炬火かざしながら、大河の深い淵《ふち》へ向かって力いっぱい飛びました。[#「飛びました。」は底本では「飛びました」]
人々は息を凝《こ》らして、塔から離れたケメトスを見つめました。ところがケメトスの体は、塔の下のもうせんの上へ落ちて来ないで、あたかも羽が生えて飛ぶように、すっと空を掠《かす》めて、炬火の光を長く尾《お》[#ルビの「お」は底本では「を」]に引きながら、程離《ほどはな》れた大河の淵へ落ちこんで、そのまま見えなくなってしまいました。あまりに見事なのとあまりに意外なのとで、人々はしばらく茫然《ぼうぜん》としていました。
やがてその驚きが静まると、新たな騒ぎが起こりました。王様の命令によって、人々は急いで舟を河に出して、ケメトスが陥《おちい》った淵を探し始めました。その捜索《そうさく》は三四日間続きました。しかし
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング