に引出していけば、きりがない。各種各様のものが、秩序も順序もなく、雑然と堆積しているのである。だが、その一つ一つのなかには、或る心理や性格の断片が、くっきりと印象されていて、それを引延せば、一篇の小説になるようなものが、いくらもある。故人を取扱う場合に、その故人の身辺の反故が最も役立つことの多いように、現代人を取扱う場合に、こうした話の屑が最も役立つことが多い。文学者は往々、屑屋以上の丹念さと注意とで、話の屑籠のなかをひっかき廻す。
ただ、文学者の歎きは、話の屑籠のなかに、無用なものが余りに多いことである。私も多少文学をやるところから、或る海軍士官が、私へのおみやげとして、次のような話をシベリアから持ってきてくれた。
*
シベリアは寒い。その寒さが、秋になると、急激に襲ってくるからたまらない。一夜に、十度ほども気温が急降することがある。
そうした夜の、翌朝のことだ。起き出して、黒竜江の河畔に出てみると、無数に鴨が浮いている。南の方へ渡り後れた鴨にしては、余りに数が多いので、ふしぎに思うと、なあに、昨日までは、まださほど寒気が激しくはなかったのだ。河は氷もはらずに、洋々
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