。そう思うと、根が、遠慮のないそそっかしいのだから――。
「こちら、いやに抹香くさいわね。」
 云ってのけると、懇意な方のが、はっと顔色を変えて、意味ありげな目配せをした。そこで、ははんと思った。まではよかったが、その抹香くさいのが、初めっから左を懐手にして、脇息にもたれてる様子が、いやに横柄に見えて仕方がない。芸者商売はしてても……とそういう伝法な気持に、酒がまわったから、たまらない。つかつかとよっていって、盃をさしつけたものだ。
「どうなすったのよ。不精ったらしく澄まし返ってさ。」
 云いながら、懐手の方に、肩から腕へ、手をかけた。その手が、お召の羽織をするりと辷って、袖がふうわりと……腕がないのだ。
「ばか……失敬な。」
 と懇意な方が叫んだが、もう取り返しはつかない。女はてれるし、男は二の句がつげなかった。が当の御本人だけは、苦笑をしながら、片手の右で盃を差出していたという。
 後で、男は云った。――「あの人はね、僕が一寸頼みごとをした、大事な客だったんだ。或る寺の住職の、二男坊で、片手がないんだ。抹香くさいまでは、まだいいとして、手のないところに触ってみるって法があるものか。
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