。そう思うと、根が、遠慮のないそそっかしいのだから――。
「こちら、いやに抹香くさいわね。」
 云ってのけると、懇意な方のが、はっと顔色を変えて、意味ありげな目配せをした。そこで、ははんと思った。まではよかったが、その抹香くさいのが、初めっから左を懐手にして、脇息にもたれてる様子が、いやに横柄に見えて仕方がない。芸者商売はしてても……とそういう伝法な気持に、酒がまわったから、たまらない。つかつかとよっていって、盃をさしつけたものだ。
「どうなすったのよ。不精ったらしく澄まし返ってさ。」
 云いながら、懐手の方に、肩から腕へ、手をかけた。その手が、お召の羽織をするりと辷って、袖がふうわりと……腕がないのだ。
「ばか……失敬な。」
 と懇意な方が叫んだが、もう取り返しはつかない。女はてれるし、男は二の句がつげなかった。が当の御本人だけは、苦笑をしながら、片手の右で盃を差出していたという。
 後で、男は云った。――「あの人はね、僕が一寸頼みごとをした、大事な客だったんだ。或る寺の住職の、二男坊で、片手がないんだ。抹香くさいまでは、まだいいとして、手のないところに触ってみるって法があるものか。そそっかしいにも程があるよ。お蔭で冷汗をかいちゃった。」
      *
 或る貧しい男が、帽子をなくして、なあに、無帽主義だと、ハイカラを気取っていたところ、金が少しはいると、時たま、頭にひやりとしたものを感じて、やはり、帽子を買うことにした。
 そこで、帽子屋にはいって、物色してみたが、どうも気に入ったのがない。折角買うんだし、頭にのっけるものだから、慎重を要するので、いろいろいじりまわした後で、顔をしかめて、店をとびだした。丁度、ほかにも客があったので、好都合だった。
 ところが、少し歩いてるうちに、どうも、変な気持だ……と感づくと同時に、頭に手をやると、帽子がのっかっている。
 立止った拍子に、腹が立って、当惑して、かっとなって、急ぎ足に帽子屋にとって返した。
「おい、何をうっかりしてるんだ。僕が帽子をかぶってたかどうかくらい、分りそうなもんじゃないか。人の頭に新らしい帽子をのっけて、そのままにしとくという法はない。万引じゃあるまいし……注意し給え。」
 そして帽子をそこにたたきつけた時には、彼は本当に怒っていた。
      *
 こうした話を――落ち散ってる話の屑を――次々
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