録音集
豊島与志雄
八月の中旬、立秋後、朝夕の微風にかすかな凉味が乗り初める頃、夜の明け方に、よく雨が降る。夜の間、大気が重く汗ばんで、のろく渦を巻いたり淀んだりしているなかに、どこからともなく軽い冷気が流れだして、木の葉がさらさらと揺れだすと、もう間もなく、東の空が白んで、地平線から、熔鉱炉のなかの鉱石のように真赤な太陽が、しずかにせり上ってくる。然しそれも僅かの間で、太陽の面はすぐ雲にかくれる。空低く、煙か霧かとも見える雲で、それがぱらぱらと、時にはさあーっと、雨を落してゆく。この雨、のぞきださなければ雨とも思えないような、また降りかかっても物を濡しそうには思えないような、乾燥した爽かな音なのである。
六月の末から七月の初めにかけて、いわゆる梅雨の頃、宵のうちによく雨が降る。人に気づかれないようにこっそりと日が暮れて、晴れてるのか曇ってるのか分らない空が、重々しく大地の上にのしかかって、あらゆるものの動作を鈍らせ、呼吸を遅滞させ、陰欝な気分を立てこめる時、濃い雨気が流れてしとしとと雨が降る。降るかとみれば、すぐに霽れ、霽れるかとみれば、また降っている。この雨、傘の中にでも、家
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