見送りながら、楊先生は言うのだった。
「女中は、はじめ、私が薪割りをするのを好みませんでした。けれど、この頃ではすっかり馴れて、薪が無くなると、私に言ってくるようになりました。愉快ですよ。」
近所が空襲のために焼けて、瓦斯がとまってからのことらしいのである。
「更に空襲がはげしくなって、災害も大きくなったら、こんどは、水道もとまるようになるでしょう。町会からそのようなことも言ってきました。そうしたら、私は、水汲みもやろうと思いますよ。朝から夕方まで、水を汲む、薪を割る、竈の火を焚く、つまり、自分の家に下男奉公をするのです。そうすることによって、労働の味を覚えます。そればかりでなく、野菜も作ってみようと思っています。野菜畑にする場所を見廻っていますと、思わぬところに、今まで知らなかった草や木を発見します。そうすると、その草や木に愛着を覚えて、日当りのよい場所に移し植えてやりたくなります。そのようないろいろなことで、一日中、忙しく働かねばなりません。また、働くのが楽しみになります。」
私は彼の真面目な表情を見た。
「一種の道楽ですね。」
「そう、戦争中の健全な道楽かも知れません。いった
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