忙しくなると、不平でしてね。この頃は毎日、松しまへ出かけておりますの。」
小泉さんは達吉が自慢なのである。表面はけなすようなことを言いながら、じつは誉めてる調子でした。
松しまは、少しばかり距ったところにある花柳界のそばの、大きな一流の料亭でした。戦災にあいましたが、元のところに数室の家を新築して、繁昌しておりました。手狭なので、建て増しを始めて、前から出入りしていた達吉も、その方の仕事にかかっていたのです。
ただし、達吉は建築の専門家とはいっても、凝った普請についての技術者で、大きな設計図を弄りまわすことなどは不得意でした。ところが、達吉を贔屓にしてる女将は、なにかと彼に相談しかけました。相当多額の出資をしてもよいと言う人があって、その話がまとまったら、一挙に、昔のような広大な家にしたいと、間取りのことなど、達吉の意見を求めました。達吉はいささか困ってるようでした。
そのようなことを、普通の世間話の一つとして、小泉さんは話しました。
A女は何気なく聞き流していましたが、自分でも気付かぬうちに、ひょいと言ってしまいました。
「その資金の話は、今年中はまとまりませんね。それから
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