A女は当惑しまして、なるべくぼんやりした調子を取ることにしました。
「どんなところか知りませんが、女ざわりの地所ではありませんかしら。」
「女ざわりの地所って、そんなのがあるものでしょうか。」
「世の中には、いろいろなものがありますからねえ。」
「女ざわりの地所……どうしてそんなことが、あなたにお分りになりますの。」
「いえ、ただふっと、そんな気がしただけですのよ。」
「わたくしには信じられませんわ。」
 A女は口を噤んで、じっと宙を見つめていましたが、ぴくりと眉根を寄せました。
「お嬢さんは、いえ、お娘さんは、だいぶお悪いんですか。」
「そう悪いということもありませんが、どうしても微熱がとれないんですの。」
「まあせいぜいお医者さんの言うことをきいて、充分に養生なさるんですね。それが第一で、それから……そうねえ……。」
 A女はしばし黙っていましたが、突然、言いました。
「その、地所内に、なにか祭ったものがある筈です。それから、大きな木を切り倒してあるはずです。御存じありませんか。」
「わたくしは聞いたことありませんけれど……。」
「そんなら、調べてごらんなさいな。」
「それからどうすれば宜しいんですの。」
「まあ急ぐことはありますまい。あとでまた申しましょう。」
 地所の件についての話はそれきりになって、A女は辞し去りました。
 それから中二日おいて、村尾さんは慌しくA女を訪れてきました。
 座敷に通ると、村尾さんは、A女がお茶をいれようとするのももどかしそうに、いきなり言いました。
「ふしぎねえ、あなたが仰言った通りですよ。」
「いったい何のことですの。」
「そら、あの相良さんの地所のこと……。」
 村尾さんはあれから、今井さんのところへ行って、A女の告げたことが本当かどうか、問いただしたのでした。
 一つはすぐに分りました。相良家の屋敷の隅に、小さな稲荷の祠がありました。石を畳んだ土台の上に、木の御堂が立っております。戦災当時は樹木の茂みにでも護られたかして、焼け残ったのでしょう。その樹木もあらかた燃料に切られたらしく、今では雨曝しになっていました。そしてただうち捨ててありました。
 も一つは、今は残っていませんでしたが、聞き合せて分りました。分譲地一帯は、ゆるい傾斜面になっていまして、今井さんの下手の家を建てる時分、そこに大きな樹の切株があったそうです。建築をするため、地ならしをする時、切株は取り除かれたのでした。
 A女はその話を注意深く聞き終ってから、小首を傾げました。
「それだけですか。」
「ええ、二つとも確かにありましたわ。」
「も一つある筈ですがねえ。」
「どんなものですの。」
「なにか、捨て去られたもののようです。」
「それでは、も一度行って調べてみましょう。」
 村尾さんはしみじみとA女の顔を見守りました。
「でも、まったくふしぎねえ、あなたにどうしてそんなことがお分りになりますの。」
 A女はさりげなく笑いました。
「じつは、いくらか信仰の道にはいったことがありまして、今も修業は続けておりますが、なかなか思うようには参りません。ただ、申しておきますが、わたくしは、普通の行者とか占い師とか、この頃はやりの新興宗教の人とか、そういうのとは少しく違いますからね……。だから、というわけではありませんが、わたくしのこと、ほかの人には漏らさないで下さいね、お願いしますよ。」
 村尾さんは一挙に言い伏せられたような風で、もう何も言いませんでした。
 それから三日後、村尾さんの報告によりますと、第三のものも見出されました。相良家の屋敷から、道路を距てた、焼跡の草むらの中に、約四尺ほどの小さな石の地蔵が、ぽつんと立っていました。
 さて、三つのものは発見されましたが、それをどうしたらよいか、村尾さんは尋ねました。
 A女は最初に念を押しました。
「申しておきますが、御病人たちは、医療を怠りなさってはいけませんよ。それを充分になさらないと、どうにもなりません。わたくしの方のことは、霊界のことで、謂わば科学の蔭にかくれたことです。医療を充分になさりながら、これをなさると、宜しいんですけれど……さあ、どうですかねえ、なかなかむつかしいかも知れませんね。」
 お稲荷さんを新たにお祭りすること――これは相良家にして貰えばよろしい。樹の切株のあった場所をお祓いして浄めること――これは神官でも僧侶でも行者でもよいが、然るべき人に頼んで、皆さんでなさればよろしい。お地蔵さんを新たにお祭りして世に出してあげること――これも然るべき人に頼んで、皆さんでなさればよろしい。以上の三つで、至極簡単なことのようでした。
 村尾さんはもうすっかりA女の言うことを信じていましたから、早速、今井さんのところへ行って、夫婦に事の次第をうち明け、実行に
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