ります、すめらかむつかむろぎかむろみのみこともちて、すめみおやかむいざなぎのみこと、つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはらに、みそぎほらひたまふときに……
[#ここで字下げ終わり]
 八百万の神たちを念じておいて、それから次に、塩を撒きながら、「心身清浄の祓」を唱えました。
[#ここから2字下げ、25字詰め]
とほかみゑみため、はらひたまひきよめたまふ。
かがみのごとくあきらかに、つるぎのごとくいさぎよく、たまのごとくうるはしく、せいしこんげんはつようなさしめたまへ……
[#ここで字下げ終わり]
 唱え終って、彼女はふっと眼をつぶりました。青空が余りに高く、陽光が余りに冴えてる、と感じただけで、わが身も心もなく、なにか次元の異った境地でした。一瞬、はっと気がつくと、彼女は小泉さんから片脇を支えられていました。その小泉さんを突きのけるようにして、足を踏みしめ、拍手を打ちました。頬は蒼白で、ほとんど血の気を失っていました。それでも、彼女はもうしっかりした態度で、女将さんの方に向き直り、後の始末のことなど注意を与えました。
 それから座敷に戻って、お茶を飲んだだけで、この前と同様、昼食を辞退して、帰ってゆきました。
 表の街路に出ると、小泉さんは囁くように言いました。
「無理なことお願いして、ほんとに済みませんでした。」
「いいえ、おかげでいい気持ちでした。」
 A女は頬笑んで、空の遠くへ眼をやりました。
 松しまでは、すぐに、稲荷の祠の建設に着手しまして、石の土台を築きあげ、その上に、屋根に銅板を張った白木の御堂を定着させました。御魂入れの儀式も、神官をたのんで取行われました。昔のように幟を立て幔幕を張って、盛大なお祭りまでしました。女将さんのただ一つの心残りは、そのお祭りにA女が来てくれなかったことだったそうです。



底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1−13−25]・戯曲)」未来社
   1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
   1952(昭和27)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「秘/祕」「仏/佛」「万/萬」「禄/祿」の新字旧字の混用は、底本通りです。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月16日作成
前へ 次へ
全17ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング