れの男が、毛革の襟のついたマントを着て、横合から彼の席へ歩み寄って来て、彼と並んで半ば腰を下しながら、しきりに彼の袖を引張り初めた。彼はそれでも素知らぬ風で、やはり女の子に微笑みかけ、笑顔の恰好をごく僅かぴくりぴくりと変えながら、何やら相図をしてるらしかった。
 それら一切の情景を見て、私は夜来の彼の話を思い起すと同時に、漠然とした不安を覚え初めた。彼と彼の叔父と娘と娘の母親と、その四人の間に、何か不吉な縺れが起りはすまいかと、しきりに気になり出した。そして私自身も、その縺れに巻き込まれそうな気がした。私は半ば腰を浮かせながら、やはりどうにもすることが出来なかった。
 けれどそれは、ほんの僅かな間のことだった。その情景は突然不作法に破られた。娘が彼の笑顔につり込まれて、腰掛の端から一足踏み出すか出さないまに、彼の叔父は俄に立上って、二人の間に立塞がった。彼は笑顔をそのままぽかんとした顔付になったが、次の瞬間には、もう何等の感情もないらしい没表情な顔付で、首を縮こめてしまった。子供の方はいつのまにか元の席に戻って、母親へ何やら戯れかけていた。
 私は彼のために、何となく気の毒な感じがした
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