配の男とが並んで坐っていたので、窓から荷物を取入れる時に私は、窓寄りのその男に向って、御免下さい、と挨拶をしたのだった。それが聞えたのか聞えないのか、男は棒のように真直に坐ったまま、返辞はおろか身動き一つしなかった。私は座席をととのえ、雑誌を少し続け読み、それからうとうとと眠ったのであるが、その間彼はじっと、棒のように坐ってたようだった。今もなお棒のように坐り続けながら、ただ独り笑いをしている。
私は斜め正面からそっと、彼の様子を窺った。夜気に冷えた窓硝子がぼーっと曇りを帯びるほど、車室内の空気は温まっているのに、彼は黒羅紗のマントに固く身を包んで、二人分の座席の真中に、棒のように真直に坐っていた。鼻が高く細面《ほそおもて》で、美男の部類にはいる相貌だったが、長い髪の毛の少し垂れかかってる額や、痩せた肉の薄い頬などは、皮膚に色艶がなくてだだ白かった。その皮膚の感じが眼にもあった。仄白い膜の――曇りのかかってる、凄くはないが気味の悪い眼付だった。彼はその眼付を斜め向うに据えて、物の匂を嚊ぐかのように小鼻をふくらませながら、にこにこと薄ら笑いをしていた。
その様子を見てるうちに、私は変
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