しました。
洋子は郷里から、軽く焼いて天日で干したヤマメを、おみやげに持って来ていました。その方へ敏子は話を向けました。
「ほんとに素敵よ。」洋子は眼をくるくる動かしました。「山は新緑になりかかってるし、桜の花はちらほら咲きかけてるし……。河の水は濁って滔々と流れてるわ。」
「濁ってる……。」
「あら、もう忘れちゃったの。雪解けの水よ。河の水かさが増して濁ってくるのが。嬉しかったじゃないの。」
それは、雪国の人にしか分らないことでした。女学校に上りたての頃から、一家をあげて東京に移り住んだ敏子は、もうそれを忘れかけていました。それよりもまた更に……。
忘れたのではありませんが、遠いところにそっとしまっておいたものが、身近に現われてきたような工合でした。それを、敏子はいつしか、しばしば想ってみるようになっていました。洋子が帰っていった後も、一人机にもたれて、またそれを想ってみました。
――雪の遊びは、ソリから、下駄スケートから、スキーとなるのですが、あの時は、もう女学校に上ろうとしているのに、どうしたのか、しきりにまだソリに乗りたかったのでした。兄が、ただソリを滑らすだけではつま
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