らないと言って、舵をいろいろ工合していたからでしょうか、それとも、あの人がソリにばかり乗っていたからでしょうか。町続きの温泉場に来ていたあの人は、なにか手の届かないような魅力を持っていました。いろいろなことを知っていて、ハイネだの、バイロンだの、ヴェルレーヌだの、そのほか多くの詩人の名前を教えてくれ、その詩を読んできかしてくれました。それから、外に出ると、子供の乗るスキーに乗って、子供のように喜んでいました……。
 晴れた日でした。見渡す限り真白で、というより、真白な光りの中にあるようでした。あの人が、ソリに乗せてあげようかと言いましたので、笑いながら乗りました。あの人のすぐ後ろに腰掛けました。あの人はソリの先端にまたがって、棒切れで舵を取りました。よく滑りました。
 斜面を滑りおりると、こんどはソリを引き上げなければなりませんが、ただ後からついてゆくだけで、あの人が独りで引き上げてくれました。普通に子供たちが行く所よりも、ずっと遠くへ、高くへ、登って、登って行きました。そして二人でソリに乗って滑りだすと、まるで宙を飛ぶようでした。真白な光りの中に、空気が冴え返っていて、それが、さっと
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