頬を撫でました。そして声がしました。
「あなたを愛します。ほんとに愛します。」
 詩の文句だったのでしょうか。いや確かに、あの人の言葉でした。それが深く、耳に残り、心に残りました。
「あなたを愛します。ほんとに愛します。」
 ソリは勢いをつけて滑りました。どこまでも滑りました。そして遂に止りました。
 あの人はソリから降りました。鹿革のジャンパーを着た真直な姿勢で、長い髪を房々と縮らし、血が引いたような冷たい顔をして、遠くを眺めました。その、なんだか清冽な様子は、先程のあの言葉を語った人だとは思えませんでした。それならば、あの言葉は誰が語ったのでしょうか。
「もっとソリに乗せて下さい。」
 あの人は振り向いて微笑しました。そしてまたソリを遠くへ引き上げました。二人は前と同じようにソリに乗りました。
 ソリは滑りだしました。速く滑りました。光りが流れ、空気が流れました。
「あなたを愛します。ほんとに愛します。」
 声がして、ソリは遠く滑ってゆきました。
「あなたを愛します。ほんとに愛します。」
 ソリはますます速く滑りました。
 ソリが止ると、あの人はソリから降りて、同じような清冽な様子
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