の歿後ずいぶん世話になっていること、もう確かな返事をしなければ義理が立たないこと、などを繰り返し語りました。
そういう時[#「 そういう時」は底本では「そういう時」]、母はいつも、大きな桐胴の火鉢の中をのぞきこみ、視線で灰をかきならしてるような態度でした。調子はしみじみと、敏子にではなく、自分自身に言ってきかしてるかのようでした。
「まあ御交際だけでもしてみては、どうでしょうね。この節では、御交際したあとで、はっきりいずれともきめて、差支えありませんでしょう。副島の伯母さまが、あの人を連れてきて下さるそうですから、お任せしておきましょうよ。ただ、その時になって、あなたがあの人に逢うのを嫌がって、逃げだしたりすると、それこそ困りますから、そのことだけはっきりしておかなければなりませんよ。」
敏子は眼のやり場に困って、小さな白い手の爪を見ながら、答えました。
「御交際だけならいいけれど、結婚のための御交際なんて、およそつまりませんわ。」
母は眼を挙げて、じっと敏子を眺めました。
「それでは、あの人との縁談がお嫌なんですね。」
「あの人と限ったことではありませんのよ。結婚なんて、まだ早
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