泊って、山を眺めたり、雪解けの水が流れてる河を眺めたり、おとなしくしていますから、ねえ、よろしいでしょう。」
 母はなにか得心のゆかない様子でした。保科が傍らから微笑んでいました。
「それはいいですね。山を眺めたり、雪解けの水を眺めたり……敏子さんすっかり詩人になりましたね。」
 敏子は子供のようににこにこしていました。
 だが、そんな時に切りだした旅行の話は、却って容易く母の承諾を得ました。母は次第に、敏子の心が捉え難い思いに悩んでいましたので、少しく敏子を自由にしてみたらと、考えたのでした。保科も口にこそ出さないが、同じような考えらしく察せられました。
 敏子は二人にお礼を言って、快活に席を立ちました。
 敏子は自分の室にいって、膝をとんとん叩きました。もうあの晩とは、すっかり気持ちが変っていました。
 二日前のあの晩、敏子はやはり膝をとんとん叩きました。なんだか口惜しくて、じっとしておられませんでした。
 ――私は結婚を軽蔑しながら、やはり架空の結婚に憧れていたのだった。筒井さんとの縁談を楯に、あらゆる縁談を拒もうとしたのも、ただ特定の相手との結婚を避けて、架空の結婚に憧れている
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