の集りですよ。」
 洋子とも一人の青年とが先にたって歩き、敏子は保科と並んで歩きました。保科は振り向きました。
「兄さんも、御両親も、お丈夫ですか。」
「ええ、いっしょにおりますの。」と敏子は答えました。
「どこにお住居ですか。」
 敏子は所番地を言いました。保科は足を止め、手帳を取り出して、それを書きとめました。
「近日中にお伺いしましょう。」
 その時、敏子は自分でも識らずにでたらめを言いました。
「五月五日から先は、旅行に出かけるかも知れませんの。」
「え、どこへ行くんです。」
「まだはっきりしませんけれど、五月五日ときめていますの。」
 後になっても、敏子はどうしてそんなことを言ったのか自分で腑に落ちませんでした。ただ、その時も、後になっても、五月五日というのが前々から決定している期日だったような、へんな感じに囚えられていました。
 保科はじっと敏子の顔を見て、それからまた歩きだしました。ビルの入口で、彼はまたちょっと足を止めて、敏子を眺めました。敏子は保科の方を見ずに、眼を宙に据えていました。
 狭い階段を上って、会場の入口まで来ると、もう中では何か初まっていることが分りまし
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