平素は身装に無頓着なのにも拘らず、前日と同様粗末ながら服装をととのえて現われてきますと、一座はなにか期待の緊張のうちに、眼がさめたようになりました。
朱文は[#「 朱文は」は底本では「朱文は」]ちょっと張幼明の方に会釈をして、それから張一滄の方へやって行きました。
「遅くなりました。」
張一滄の方は、もう、一座の空気を顧慮する余裕もなかったようであります。いきなり朱文を片隅の席へ引張って行きました。
そして、張一滄はそこの椅子にどっかり腰をおろして、酒杯を手にし、朱文はその前に恭しくつっ立ったまま、時々一滄の杯に酒を酌しながら、何をいわれても安らかな微笑を顔に湛えていたのであります。
「どうだった、うまくいったか。」と張一滄は尋ねました。
「一時間ばかり前に戻って参りました。」と朱文は別な返事をしました。
「なぜすぐに来なかったのか。」
「馬の匂いが身体についていましたから……。」
「なに、なに、馬の匂い……。」
「馬に乗っていきました。それで、馬の匂いをおとすため、身体をふき、服を着換えたのであります。」
張一滄は驚いたらしく、眼と口を打開き、相手の顔を眺めましたが、突然、眉
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