やにや笑っているだけでした。
なお、伝えるところによりますと、彼は相当な収入があった筈ですが、いつも金はあまり持っていなかったそうであります。何に金を使ったかというと、酒と女の衣裳にだということです。その港町にもやはりちょっとした遊里がありまして、そこに彼の愛する妓女があり、彼はその女を、蘇州の刺繍[#「刺繍」は底本では「剌繍」]物や日本の刺繍[#「刺繍」は底本では「剌繍」]物や北京の毛皮などで、人形のように装わせたがっていたそうであります。また、支那ばかりでなく世界各地のさまざまな高価な酒瓶を、彼女の室に並べるのを彼は無上の楽しみとしていたそうであります。但しその真偽のほどは定かでありません。
さて、事もなく年月は流れて、朱文がこの町にきてから七年目の晩冬初春のことでありました。何かしら険悪な空気のなかに、さまざまな風説が伝わって来、それが次第にはっきりした形を取ってきました――。或は反政府軍ともいい、或は暴徒ともいい、或は流賊ともいいますが、とにかく完全に武装した強力な一隊の軍勢が、村々町々を魔風の如く席捲しつつ、今明日にもこの町に迫って来るとのことでありました。そのためかどう
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