いに、その顔から血の気が引いて、崇高ともいえるほどの蒼ざめた顔になりました。
 彼は静かにいいました。
「僕は、どうあっても、君を連れて行くよ。」
 彩紅は黙っていました。
「君はさっき、僕が此処から出発するのは、張幼明さんをもてあましたか、あの楠がもう嫌になったか、どちらかだろうといったね。だが、僕自身にもよく分らなかったが、そうではないんだ。張幼明さんのことは、父親の意向がどうであろうと、僕たち当人同志の間が、なんでもないのだから、問題にはならない。ただ楠のことは、本当に僕の心にかかるものなんだが、あれが嫌いになったんではないよ。ただなんとなく、あれを持てあますような気持になってきただけだ。あの大きい樹を見ていると、胸に抱いていると、こちらが、自由に身動きできないような気持になってくる。あれを張一滄さんから今日貰い受けてしまったのも、打捨てようとどうしようとこちらの勝手だと、まあ自分に自由がほしかったんだね。考えてみると、僕はまだ弱かった。ところが、君は楠とは違うんだ。君なら、生涯荷って歩いても、胸に抱いて歩いても、大丈夫だとの自信がもてる。僕にはそれくらいの力はあるよ。だから、ど
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