れない、早く引止めなければいけないと、召使たちを四方へ走らせました。
 けれども、朱文の行方をつきとめることは出来ませんでした。彼が愛してるとかいう妓女の家へも尋ねさせましたが、彼もその女もいませんとのことでした。夜遅くなって、召使たちはすごすごと四方から戻ってきました。
 実は、その頃、朱文はその愛する妓女の彩紅の奥室で、一切の人を避けて、酒を飲んでいました。
 彩紅は二十三歳の、体躯も肉附も豊かな、明朗な美人で、一点、清澄な瞳の奥に深い悲しみを宿したようなところが、時あって仄見えるのでありました。今夜はどういうのか、その一点の悲しみが、刷毛ではいたように拡がって、彼女を淡く包んでるようでした。彼女は空色の服をまとって、長椅子の上に、朱文の腕によりかかっていました。
 室の片隅の衣裳箪笥の前の小卓には、脱ぎすてられたままのものらしく、雲竜の華麗な刺繍[#「刺繍」は底本では「剌繍」]のある衣裳や、艶やかな銀狐の毛皮の襟巻や、その他の絹類が投げ出されていました。そしてその箪笥の横に、二挺の銃が立てかけてあるのが、異様に目立っていました。
 二人の前の卓上には、いろいろな色の紙を貼りつめた
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