誓って本当だ。」
「それでは、私に一つ望みのものがございます。お嬢さんなどは、私の妻には勿体ないから、お断り致しますが、あの……楠を、私に下さいませんでしょうか。」
「え、楠、珍らしい望みものだの。よいとも、お前が蓑虫を退治てくれたあの楠、あげるとも。だが、何にするんだね。」
「ただお貰い申しておけば、それでよろしいのです。あの楠が元気に茂ってる限りは、永久に私の思い出になります。」
「永久に……思い出に……。」
 その言葉にひっかかって、張一滄が考えこんでいますひまに、朱文は急に頭を下げて、ちょっと外出の急用があるのでまた後刻に……といいすて、身を飜えして出かけてしまいました。
 張一滄はそこに暫くぼんやりしていました。すると、幼明が駆けてきて、今そこで朱文に逢ったが、いつになく大変取急いでる様子だったと、眼をまるくしていました。
「お互に心に傷を受けないでよかった…… 楠のことをお頼みします……とそうあの人はいいましたが、何のことか私にはよく分りませんわ。」
 張一滄はその朱文の言葉を幼明に繰返さして、じっと考えこみましてから、急に騒ぎだしました。朱文は何処かへ行ってしまうのかも知
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