をしばたたき、一足あとに退り、そのままそこに跪かんばかりの様子で、急に両手を差出しました。
「おう朱文、待ってくれ、待ってくれ。何処にも行かないでくれ。」
朱文はいつもの通りの冷静な態度で、恭しくお辞儀をしました。
「あなたにお目にかかりたいと思っておりました。」
「ああそうか、それはよかった。私もお前に逢いたいと思ったが、何しろあの騒ぎで、それに……とんでもない思い違いをしたり……なあ勘弁してくれや。」
朱文は彼の手を執って、そこの横手の腰掛に彼を坐らせ、自分は慇懃にその前に直立しました。
「なあ朱文、もう何にもいわないでくれ。」と張一滄は息をついていいました。「みな私の思い違いだった。お前の考えが正しかった。お蔭で町中が助かったよ。」
「私はただおいいつけ通りにしたつもりでございますが……。」
「いいつけ……いやいや、もういわないでくれ。まったく……お前は偉い男だ。私の眼に狂いはなかった。町でも大変な評判だ。何でも望み通りのことをしてあげよう。町を救った神さまも同様だからな。娘の幼明もあげよう。何でもあげよう。望み通りのことをしてあげるよ。」
「本当でございますか。」
「ああ、
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