難を免れました。
 ただ、茲に特記しておきたい一事は、張家の倉庫の前に、二名の武装匪賊の死体が横たわっていたことであります。鋭利な刃物で顔面や胸部を抉られて、血に染んで倒れていました。そしてその銃と弾薬だけは誰かに奪われて、どこにも見出されませんでした。死体はすぐさま、ひそかに町外れの野原に埋められてしまいましたが、そのことがいつしか町人たちの間に拡まって、奇怪な印象を与えることになりました。
 それはとにかく、町にとっての大事件は、朱文を遙か高いところへ持上げ、彼に英雄めいた風格を与えることとなりました。彼の姿を探し求める眼差が、町の至る所に光っていました。
 朱文はそれを避けてか、青布の苦力たちをねぎらってから、張家の小房に閉じ籠っていましたが、その日の夜、ひそかに外出の仕度をしたところを、張一滄につかまりました。
 張一滄はひどく面窶れがして、その肥え太った身体は、骨ぬきのぶよぶよの肉ばかりのようでありました。上唇の髭がしょんぼりと垂れて、頬のへんにぴくぴくした震えが見えていました。
 彼は朱文の小房の外に、だいぶ長い間佇んでいたらしく、朱文が外に踏み出すや否や、ひどく慌てて、眼
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