子の眼が底光りを帯びて、じっと見据えられたけれど、中江は何の反応も示さなかった。彼女は短い髪の毛をかき上げると、小泉の方へ苦笑に似たしなをして、活発に立上った。
後に残った二人は、友人として、客間に対座したのだったが、それが中江にはへんに物珍らしかった。彼は近頃、どの旧友をも、ゆっくり訪れるということが殆んどなくなっていた。話は自然に、いろいろ知人の噂に及んでいった。先達て四五人集った時、中江に妻帯させようという陰謀が起りかけたと、そんなことまで小泉は話しだした。三十五歳過ぎの独身生活は、肉体的にも不自然だと、小泉は云うのだった。人間の身体はよくしたもので、これを比喩で云えば、需要供給の関係が自然と調和がとれるように出来ていて、資本の蓄積だの生産の過剰などということは、起らないようになっており、必要なだけの生産と必要なだけの消費とが、円滑に行われて、余計なものは単に通過させられるにすぎない。収支決算の帳尻がよく合っていくのだ。ところが、独身者の身体は、家計簿のない家庭のようなもので、収支の関係がめちゃくちゃになり、生産と消費との平衡がとれない。妻帯は一種の家計簿を備えつけることだ……
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