は安らかな気持だった。ところが、そうした最中に、すーっと襖の開く音がして、そこに政子が立っているのが分ると、中江は真蒼になった。強烈な電気にでも打たれたように、とび上って、つっ立って、唇をわなわなと震わしてるのだった。その反応で、政子も一寸顔色をかえ、襖の陰に身を引いたが、やがて、室の中の様子を眼の中に納めてしまうと、いつもの静かな調子で云った。
「島村さんがお見えになりました。」
中江は、自分で自分の興奮に茫然としたらしく、無言のうちにうなずいたが、その僅かな身振で力がぬけて、そこにぐったりと身を落した。そして殆んど無意識のうちに、散らかってる紙片をとりまとめて抽出にしまうのだった。
島村はいつもの無頓着な態度ではいって来て、中江の様子をじろりと見た。そして中江が黙ってるので、煙草に火をつけながら云った。
「お邪魔じゃない?」
中江は口の中で返事をして、唖者のように首を振った。何かが頭の中から逃げていったようで、ひどく淋しく、がっしりした島村の体躯とその落付いた顔付とを見てるうちに、涙ぐんできそうになった。
「実は、キミ子さんがやって来て、君の様子が変だと、ひどく心配してたよう
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