いると、向う側の大小さまざまな建物の屋根の不規則な線が、まだ夕明りを湛えてる空をくっきりと切取ってるのが見え、その空には、奥深く晴れてる表面に、煙とも霧ともつかないものが、風に吹き起された埃のように流れていて、どこからともなく、まるで夢のように、雨の粒がぱらぱらと落ちてきてはまた止むのだった。その幾筋かの白い雨脚が、街路の暮色を際立たせて、物の輪廓がへんにぼやけ、向うから来る人の顔などは、よく見分けがつかなかった。だが、そのカーブの内側の歩道の向うからぽかりと浮出してくる顔のうちに、見覚えのあるのがあって、彼に――中江に――じっと視線を据え、次第に近寄ってき、誰だか分らないがたしかに知ってる顔で、それが、彼をみつめたまますぐま近になって、首をさしのべて覗きこもうとするほどのところで、すっと行き過ぎてしまった。振向くのも忘れて、はて……と真直を向いたまま考えていると、また、見覚えのある顔が出てきて、前のと同じだかどうだか分らないが、たしかに知ってる顔で、彼の方にじっと眼をつけ、次第に近寄ってき、覗きこもうとするほどのところで、すっと行き過ぎてしまう。そのとたんに、こんどは振向いて見ようと
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