て、次の映像がはっきりしてくるに従って前の映像は消えていくのだった。キミ子が話し終ると、彼はただ黙って首肯《うなず》いた。
 キミ子は口を噤んで、中江の様子を窺っていたが、何等か熱烈な意志の動きが浮んでくる筈の彼の顔は、いつまでも不気味に静まり返り、はっきりとした意見を吐露する筈の彼の口は、軽く半ば開いて、白い歯並をみせているきりだった。むなしい沈黙が続いた。キミ子は突然叫んだ。
「先生!」
 中江の眼が彼女の方に向いて、彼女はその中を見入ってるうちに、いつしか涙ぐんだ、それから急にそこにつっ伏して泣いた。
「先生は……あたし分っているわ……先生は、恋をしていらっしゃるんでしょう。うちあけて……うち明けて下さらなくちゃいや。」
 中江はその肩に手をやっただけで、茫然と眺めていた。キミ子は愛のうちに感傷的に涙ぐむことはあったが、こんな時に、こんな泣き方をするとは、不思議だった。どうしたのかしらと中江は考えるのだった。自分の方がどうかしたのかしらとも考えるのだった。
 キミ子は泣きやんで、顔をあげた。
「先生は……不幸な恋を、していらっしゃるんでしょう。」
 涙をためてるその大きな眼を見て
前へ 次へ
全43ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング