そしてキミ子は、中江の顔色を窺いながら、話しだした。実はそのことについて、いろいろ話があるのだった。志水英子は、松浦久夫の使でやって来たので、さし迫って二十円の金がいるそうだったが、キミ子は持ち合していなかったので、中江に頼んだのだった。松浦のつもりでは、キミ子のところへ使を出して、実は中江を当にしてたのかも知れない、とそう云って、キミ子は肩をぴくりとさしたが、中江はただぼんやりと聞いてるだけだった。キミ子は話にみをいれてきた。――今日、正午すぎ、志水英子がまたやって来た。だめだという松浦からの知らせだった。N製作所のことについて、中江からいろいろ悉しく聞き知っていた松浦は、中江の伯父の没落について、そこに眼をつけたのだった。職工たちの動きはまるで予期とちがった方へ向いていった。職工長の柴田研三が、こんどの新たな経営者から、可なりの金を握らせられた、そのことが、どこからか職工たちのなかに洩れて、職工長はじめ役員等の排斥が初まって、運動はそれより先のことには進展しなかったのである。西田重吉等の中心闘士が、余りに近視的だったし、余りに熱情的だった。外部からの松浦の働きかけは、効果がな
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