のような気がした。そしてそれを不思議に思ってるうちに、問題がみつかった。
「君は、どうして僕の家に来るのを嫌がるんですか。」と中江はだしぬけに云った。
 島村と静葉とのことが頭に浮んだのだった。ああいうこだわりのないしっくりした朗かな仲とは、まるで遠いところに自分たちはあるようだった。
「まあ先生は……。」キミ子は、意外にも、挑戦的な様子を示した。「先生は……あたしと、結婚なさるおつもりなの。そんなこと……。」
 彼女の頬に赤みがさしたのを、中江は珍らしく美しいと思った。それが、彼の顔に、微妙なまた厚がましい笑みを上せた。彼女の魂を裳でぎゅっと握りしめるようなものだった。軽い笑みが、にやにやしたねばっこいものになっていった……。
「…………」
 キミ子は言葉を喉につまらして、中江の首にとびついてきたが、唇を合せることなく、何かひやりとしたように身を引いて、じっと中江の眼の中を覗きこんだ。もう中江の眼は、冷かな鋭いものを含んでいた。
「こないだの、あの使のひとは……。」
 こないだではない。それは一昨日のことだった。
「そう、おとついの、あの声のきれいなひと……。」
「志水英子さん……。
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