問題のありようはなく、結局、何かしらもやもやとしたものから眼を外らして、夢想とも云えないほどのぼんやりした考えに耽るのだった。その間をぬって、身体がまだ時々ひりひりと快よく痛んだ。
 なか一日おいて午後、瀬川キミ子から電話がかかってきた。いろいろ話があるからお逢いしたい、どこへでもいいから出て来て下さらない、というのだった。中江はへんに力無い冷淡さで、病気引籠り中なので外出できない、と返事をした。キミ子は何かとぐずっていたが、ふいに元気に、そんならすぐ伺うと云った。そして暫くたって、キミ子がやって来ると、書斎にぼんやりしていた中江は、そこに彼女を通さした。
「御病気ですって、どこが悪いの。」
 キミ子は執拗な眼付を彼の方に絡ませてくるのだった。彼はにが笑いしながら、黙って、久しぶりに自分の書斎で彼女を眺めた。断髪と大きな眼と頬の円いふくらみ、それから、皮下に贅肉の多い肉附と脂を浮かせてる皮膚、その二つが、一つは彼女の若々しい快活さを示し、一つは彼女の頽癈的な情慾を示して、別々に彼の眼に映った。ばかりでなく、彼女をそういう風に観察してる自分の視線が、彼にはふと自分のものでなく第三者のもの
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