りながら仕事のことを考えていたらしかった。やってのけられるかどうか、そんな事を考えていたらしかった。その飜訳の仕事の印税のことも考えていたらしかった。それから、負債のことも考えていたらしかった。すりきれた着物の裾が眼についてたようだった。今後の生活のために、収支の計算もしてみたらしかった。それからまた、キミ子のことも考えていたらしかった。大勢の芸者たちや、いろいろなアナ系の闘士たちが、怪しく入り乱れてるところが、遠景に浮き出していたらしかった。実際にそんなことを考えたり見たりしたのかどうか、そこは分らなかったが、今じっとすかして見ると、どこもここも行詰りになってる感じだった。その息苦しい行詰りの雲を、彼はもちあげようとしてみたが、力がなかった。下腹部の空虚が、あらゆる力を吸いとって、なお空虚のままに残ってるようだった。彼はまた寝返りをしてみた。頭のなか全体が曇り日の夜明けのように白々しくなった。下腹部からは臓腑がぬけて、皮膚か背骨にくっついてるかのようだった。眠ろうとしたが、その気持が消しとんでしまった。たまらなくなって、彼はふいに起き上った。
まだ酔ってるとみえて、足がふらふらして
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