何ということなく外に出た。

 吉松の一室に落付いた中江は、もう少し酔っていたし、酔ったふりも多少はあった。
「島村君、来ていないんですか。おかしいなあ……。」
 脇息にもたれて、うっとりとした眼付をして、撮み物には箸をつけず、程よく盃をあけてる彼は、どう見ても好紳士だったが、ただ、小肥りの身体と、艶のいい長い髪の毛とに拘らず、眼の光が変に浮いていた。その眼が、眼鏡の奥にじっと見据えられると、神経質な不機嫌さを示すのだった。
「あら一人?」
 やって来た静葉が、そう云った時、中江の眼はその不機嫌さを示した。そうのめのめと失望するものじゃないなどと、冗談口を利きながら、彼はじろじろ静葉の様子を――髪形や襟や着物や帯などを、眺めていたが、やがて、ふいに、真剣な調子になって、君は本気で島村君が好きなのかと、だしぬけに尋ねだしたあげく、島村君をいい加減にだますようだったら承知しないぞと、いやに真面目なのだった。別にからんでくるのでもなさそうな調子に、静葉も生一本の調子をだしてしまった。
「そんなら、もし島村があたしをだましたら、どうして下さるの。」
 島村と呼びすてにしたのは、ただお座敷の戯れ
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